2013年3月29日金曜日

「体罰」が「指導」とは?


教員の犯罪を、どの程度まで許容できるか。


「これは指導ですか。体罰ですか」。大阪市立桜宮高校2年の男子生徒(17)が、バスケットボール部の顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した問題。生徒の母親は、通夜に参列した顧問に問いただした。高校が実施した部員へのアンケートでは、体罰が幅広く行われていた実態が浮かび上がったが、生徒のSOSは届かなかった。

指導でも体罰でもない。
暴行・傷害致死、
やり過ぎれば、結果は当然想定できたはずなので、殺人の域かもしれない。

ツイッターより。
橋下市長に訴えかけているツイート。
@t_ishin
先生は、通夜の席で親戚全てから罵声をあびせられ、その場で自殺を図ろうとされたそうです。そこまで先生自身も追いつめられていること橋下さんにも知ってほしいです。もちろん、暴力は絶対によくない。だけど、本当に良い先生でもあったんです!!

良い先生のわけがない。
死なせてやれば良かったのに。

この他、教員による体罰のニュースは、山のようにありますが、
暴行は、飲酒運転や猥褻行為に比べて、処罰が軽いという印象です。
この件は、該当教師と校長は、どのように処罰されるのでしょうか。

「体罰」と、簡単に一言で言いますが、
そもそも文科省の分限制の「懲戒」の項目には、「暴行」というものがなく、
乱暴・狼藉を働いても、
全て「体罰」のカテゴリーに無理やり詰め込まれて処理されてしまうのです。
これによって、暴行も体罰扱い。

なので、隠蔽体質の学校に通うハメになってしまった場合、暴行・傷害であれば、
迷わず警察に相談するべきだと思っています。

「体罰」の事件が明るみに出ると、父兄からは賛否両論。
「熱血な先生だから」とか「昔の教師は体罰が当たり前だった」とか、
様々な声が上がりますが、私は体罰には反対です。

まずは、「どんな理由であれルールを守ってもらいたい」という事。
「体罰はいけない」という大前提を、法律や文科省が定めている以上、
それをわかっていて、行った教師は、問答無用で罰すれば良い。
「体罰」に限らず、「ルール違反」という事で罰する。
この辺を実行しないのが、懲戒処分の甘い所です。

県教委では、体罰はいけない、無くす、という会議を頻繁にやっているようですが、
実際に無くそうという気があるのか、疑問に思う。

「無くそう」と思っているなら、「体罰」を行った教員を、「厳罰」に処せば良いだけの事。
「見せしめ」的なものかもしれませんが、それが、何件か行われれば、現場の教員は、
「ルールを守る」という目的ではなく、「保身」の為に体罰はしなくなります。

これだけ、簡単な事を何故しないか。
本気で無くす気など無いからと受け取られても仕方ありません。
今時の勘違い教員達を相手に、「教育」の根幹を教えた上での、
問題の根絶などは、お釈迦様にも無理な芸当。
それをやらずして無駄な会議を重ね、実際に事件が起きると、ユルユルの処分。
これで、「体罰」が無くなると、本当に思っているのでしょうか。

「何故、体罰を否定するのか」を、
会議を重ねている面々自らが理解しているのかも疑問です。
多くの教育心理学の本には、
「適切で十分な教育・愛を受けていない者ほど、体罰を肯定する」
と、書いてあります。

体罰肯定論は、「指導力」「説得力」「忍耐力」に乏しい者による、
「責任転嫁」「甘え」「自己正当化」 

虐めや虐待にも通じる「言って聞かなければ叩くしか」等の論理的間違いを、
人事権を持つ者達が知らずして、問題の根絶など、到底不可能。

最初の子育ての頃、まだ若く、子供を叩いた事もあります。
もう大きくなった、その子に聞くと「叩かれた事は憶えている・・・」と、こんなものです。
子供は、「叩かれた事実」だけで、「何故、叩かれたか」を憶えていない。
「痛みを与えられたショック」しか覚えていないもの。

叩く事で、「指導」ができるなど、大人の勝手な思い込みであり、
叩く瞬間に、「この子の為に叩く」などと思っている教員は、ほぼ皆無で、
自分の感情のコントロールができなくて、手が出ているのです。
それが、「指導」であるなど、ただの「言い訳」です。

大人の「怒り」の気持ちを子供にぶつける「叩く」という行為。
親も、教員も、「指導」は子供の「心」にしなければならない。
体に痛みを与えても、何の解決にもならないと、私は思います。

そんな教員は、全員、実名報道と免職にせよ。

先ほども書きましたが、父兄の考えは様々で、
「体罰容認」「絶対反対」と、二手に分かれると思います。
「ケースバイケース」を入れたら、三方向でしょうか。

文科省・県教委は「体罰」を根幹から無くす気が無いのであれば、
いっその事、新年度に保護者に記入させる、「生徒連絡票」に、体罰の項目を作り、
○か△か×で、区分けでもしたら良いのでは?と思います。

「なくしたい」という願望だけでは、いつまで経っても無理。
「絶対になくす」という強い手段が必要。

「暴行」「虐待」を「体罰」「いじめ」などという、ソフトな言葉にすり替える教育界。

私達の世代は、「実は優しい、いじめっ子やガキ大将」
という過去のイメージが刷り込まれているので、
なんとなく、「いじめ」という言葉に抵抗なくきてしまいましたが、
現場で起きている事は、壮絶です。

現在、息子が学校にされている事は、「いじめ」「差別」を超えて、
「拷問」の域だと思っています。


1 件のコメント:

  1. はじめまして。今まさに体罰について、娘が真剣に悩んでいます。部活の顧問は、前回の体罰問題から半年顧問をはずれていまいた。その頃、ボールを至近距離でぶつけられる、壁につきとばされる、蹴られる、髪をひっぱられる、つねる、などなど、親の目の届かぬところで悲しい思いをしてきました。それでも、アンケートには「指導の一環でした。」と、子供たちは先生をかばいました(泣)。今となればあの時かばうことはかえってよくなかった。。。
    学校は顧問から副顧問へ変えたが、実際、顧問は来なくなり、実質副顧問である問題の顧問がまた復帰。。。
    日がたち、また徐々に昔の指導?に戻ってきたのが現状。
    ほっぺをつねる、腹を軽く蹴る、こぶしを振いあげ、なぐるまねをして威嚇する、暴言をはく。。。
    理由はどうあれ、感情をコントロールできない教育者?が子供に求めてばかり。。。
    エゴの塊、傲慢・・
    大好きな部活も不満がつのり、精神的にもかなりまいっている。こんな娘を見ているのがつらいです・・・

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