安曇野市穂高東中学校暴行事件・安曇野おひさま日記
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この(おやじのひとりごと)と言うブログは、
安曇野教育行政にはあまり触れていませんでしたが、
地方行政の非をこてんぱんにしていて痛快。
以前から、時々読ませていただいていました。
信濃毎日新聞の連載記事が全て載せられており、
必要な方にはPDFを送って下さるそうです。
本件に関しては中立的な第三者の意見として受け止めています。
この件に触れているページのリンクがいくつか載っていますが、
その中でひとつだけ言いたいのは・・・。
>>いじめや体罰で自殺するのは、マスメディアの弊害と考えます。
普通、子供はそんなに簡単に死のうなんて考えない。
しかし、報道で子供の自殺が盛んに報道されると、
「あっ、自分も死ねばあんな感じで皆に注目される。」
「相手に仕返しすることが出来る。」
「社会的制裁を加えることができる。」
子供は短絡的に考えて、苦しみを乗り越えるより、安易に死を選択してしまう。
しかし、死んでからでは、自分の事がどう扱われているかなんて、わからない。
これも一理かもしれないですが、
私には「自殺する」人の「勇気」がわからない。
首を吊る、ビルの14階から飛び降りる、新幹線の欄干から飛び降りる。
ここ何年かの中学生の自殺。
どれだけの痛みや体の損傷を伴うか、中学生ならわかることです。
「勇気」や「注目」や「マスコミの煽り」ではないと思います。
死ぬほど追い詰められたら、
自分が何をしているかわからなくなるのではないでしょうか。
つまり、議論や定義づけは不可能で、
追い詰められたことによって、
頭が真っ白になってしまっている状態での行動だと思うのです。
安曇野の親父様、
若干の反論、申し訳ありません。
全ては、都道府県教委・市町村教委のていたらくの結末です。
「体罰をなくそう・いじめをなくそう」などど、
お題目のような会議に時間だけ費やし、
実際行った教師は軽い処罰。
全ての原因がここにあると思っています。
それともうひとつ。
>> が、今回の被害者側はそうではなく、中国人的な謝罪を求めたわけで、「さあ、あなた方は非を認めたんだから、これからうちの息子にどうしてくれるんですか?」と。
落としどころがわからないというか、考えていなかった。
そうではなく、謝罪と始末書を受け入れた後、
担任を罵詈雑言、そして、「あなたの事を警察に相談している」という脅し。
違法行為など何もなかったのに、「警察」という言葉が出て、驚きました。
マナー違反の中国人の話題が多い中、一緒にされるのは・・・。